第3編-2 運航
第4章 機関の取り扱い
4-1 エンジンの基礎知識
プレジャーボートの海難事故の中で、最も発生件数が多いのは機関故障です。機関故障の原因の多くが機関取り扱い不良です。こうした事故を未然に防ぐためには、ボート用エンジンの置かれている環境や特徴をよく知り、エンジンの原理や仕組みを理解しておくことが必要です。
(1)ボートエンジンの特長・使用環境・事前点検
ボート用エンジンは、年々小型高出力化するなど性能改善が図られていますが、厳しい条件にさらされています。
〔自動車用エンジンに比べ厳しい条件下で使用されている〕
- 常に、塩分を含む湿気にさらされ、年間に使用する回数が少なく、その時期が夏に偏っている。(冬場は6ヶ月以上海上等に放置されている船が多い)
- 波等で動揺が激しいなか、常に高負荷で運転される。
- 従って出航前の点検は不可欠です。
(2)ガソリンエンジンとディーゼルエンジン 燃焼方式の違い
①ガソリンエンジン
燃料はガソリン。燃焼方式は、燃料と空気の混合気をシリンダー内で10分の1に圧縮し、電気火花(点火プラグ)を飛ばして着火(爆発的燃焼)する。
②ディーゼルエンジン
燃料は軽油。燃焼方式は、空気のみをシリンダーでガソリンエンジンの2倍近く(18分の1に)圧縮し(圧縮された空気は600°の高温になる)、高温になった空気に燃料油を噴射(250°で火が付く)し、自然着火(爆発的燃焼)させる。
(3)4ストロークエンジンと2ストロークエンジン
4ストロークエンジン ⇒ ピストンが2往復する間に1回燃焼する。
2ストロークエンジン ⇒ ピストンが1往復する間に1回燃焼する
比 較 | 4ストローク | 2ストローク |
構造 | 複雑 | 単純 |
重量単位出力 | 小さい (本体重量が重い) | 大きい(本体重量が軽い) |
騒音 | 小さい | 大きい |
排気 | 未燃焼ガスが混じりにくい | 未燃焼ガスば混じりやすい |
4-2 エンジンの構成・役割
(1)エンジンの構造
船内外機の構造
船外機の構造
(2)4ストロークエンジンの燃料系統
キャブレター方式
*4ストロークエンジンの燃料系統の経路
①燃料コック→②燃料フィルター→③燃料ポンプ→④キャブレター→⑤吸気マニホールド
*役割
燃料コックは開閉。 燃料フィルターは燃料中のゴミを取り除く。セジメンターは燃料中の水を分離して取り除く。燃料ポンプは燃料を一定の圧力でエンジンに送る。キャブレターは霧状にした燃料と空気の混合気を作る。
電子制御方式
(3)潤滑油系統
(4)冷却水系統
(5)電気系統
- バッテリー
- オルタネーター
- スターターモーター
- 点火放置
(6)Vベルトで動かしている装置
オルタネーター(交流発電機) 冷却清水ポンプ 海水ポンプ
4-3 発航前エンジンの点検
(1)燃料系統
①燃料の保有量は、予備も含めて十分あるか。
②燃料タンクのバルブ(コック)を開けた後、燃料ホース、燃料フィルター、燃料ポンプなどに漏れがないか確認する。
③セジメンターや燃料フィルターにドレン(いらない水)やゴミがないことを確認する。
④燃料タンクのエアベントスクリュウ(空気抜き口)が開いていることを確認する。
(2)潤滑油系統
①エンジンオイル
エンジンオイルは、エンジン内の回転部分や摩擦部に供給され、油膜をつくって磨耗を防ぐと共に、冷却を行い、シリンダーとピストンの間の気密を保ちます。錆の発生も防いでいます。
②潤滑油の点検
- オイルレベルゲージを利用して、エンジンオイルの量と質(粘度や汚れ)を点検する。
- エンジン本体やオイルフィルター取り付け部等からオイルが漏れていないことを確認する。
③バッテリーの点検
- バッテリーの取り付け状態の確認、緩みなく取り付けられているか。
- ターミナル(バッテリーに接続している太い線)の締め付け状態の確認、プラス線はバッテリーの+に、-線はバッテリーの-にしっかり接続されているか。
- バッテリー液の量を点検する。
- バッテリー液が自然に少なくなったときは、蒸留水を液面レベルになるよう補充する。
4-4 始動・停止
(1)始動
船内外機、船内機は、エンジン始動前にブローワー(換気扇)を回してエンジンルームの換気を行う。船外機は必要ない。
リモコンレバーの「中立」位置を確認する。
スタータースイッチをひねってエンジン始動。
(2)暖機運転
始動後、アイドリング状態で暖機運転を行う。
その間に各メーターの示度を確認。
(3)停止
特に高速運転を続けた後は、リモコンレバーを中立位置にして冷気運転を行ってからエンジン停止。
(4)チルト
船外機や船内外機は、ドライブ(プロペラ)をチルトアップしたりチルトダウンできる。
(5)小型船外機のドライブの角度調整
100馬力位の船外機は、油圧でドライブの角度調整を行うが、小型船外機はチルトピンの差し込む位置で角度調整を行う。
(6)運転中の注意事項
- 航行中浮遊物の接触によってプロペラが変形した場合船体に振動が生じる
- オーバーヒート(エンジンを止めてはいけない。エンジンの回転数を下げて冷やす。)
- エンジンから聞きなれない音がした場合や油の焼ける匂いがした場合は、エンジンの回転数を下げて冷ます。エンジンの冷却水取り入れ口に、ごみやビニール袋などが詰まった場合、エンジンの回転数を下げ、エンジンが冷えてからエンジンを止めてゴミを取り除く。
*突然エンジンが停止する原因としては以下の原因が考えられる
プロペラへのロープの巻き付き
燃料系統の故障
オーバーヒートでエンジン焼き付き
(7)計器が異常を示した場合の原因・処置
1 冷却水温度計
エンジンの冷却水温度を示し、暖気運転の修了やオーバーヒートの兆候が分かる。
〔異常時の対応〕冷却水とり入れ口のつまり。リザーブタンクの水量。冷却水ポンプを駆動しているVベルト。等を調べる。
2 油圧計
エンジン各部への潤滑油(エンジンオイル)の圧送状態を示し、油圧の急な低下など潤滑油系統の異常を確かめることが出来る。
〔異常時の対応〕エンジンオイルが極端に減少していないか。オイルフィルターのつまり。オイルに水の混入。等を調べる。
3 電圧計・電流計
電圧計は、バッテリーの電圧を調べる。キーをONにしたとき12Vの電圧があるか、エンジン運転中は充電のため電圧が上昇するか。等を調べる。
電流計は、バッテリーの充電+放電-、充電+の電流を調べる。
〔異常時の対応〕
オルタネーターを駆動するVベルトが緩んでいないか。オルタネーターからバッテリーへの配線に問題はないか。
4-5 点検・整備
(1)船外機の海水冷却系統の洗浄
〔手順〕
①洗水ユニットを船外機に取り付ける。
②洗水ユニットにつないだホースの蛇口を開く。
③エンジンを始動する。
④検水孔から水が出ていることを確認。
*新しい機種では、エンジンに直にホースを挿し、エンジンを掛けなくても洗浄できるものもある。
(2)エンジン使用後の格納点検
海上係留の場合は、キングストンバルブ(海水取り入れ口のバルブ)を閉じておく。
メインスイッチをオフにする。
燃料タンク内の結露を防ぐため、燃料は満タンにしておく。
(3)部品の交換時期
〔エンジンオイル〕
- 交換前の時期であっても汚れがひどければ交換する。
- あまり汚れていなくても交換時期が来たら交換する。
- オイルが白濁している場合。
〔防食亜鉛〕
- 半分位に減ったら交換。
- 損耗がなくても定期的に交換する。
(4)長期保管前の格納点検
エンジン及びドライブの冷却海水系統を清水で洗浄する。
バッテリーは、取り外し定期的に充電(常にフル充電)し、風通しの良い(冷暗所)に保管する。バッテリーの液量は常に規定量にしておく。
燃料タンクは、満タンか空にする。(満タンにするのは、タンク内の結露防止)
(5)冷却水系統のインペラの交換は、整備士に依頼した方が良い。
第5章 気象・海象
5-1 天気の基礎知識
(1)天気記号
イラスト
(2)風向 風力
天気記号から伸びている長い線の方向が風向を表します。
風向の線に付いている短い線が風力を表します。
(3)高気圧・低気圧
周囲よりも気圧の高い部分を高圧部、周囲よりも気圧の低い部分を低圧部といい、その中で閉じた等圧線で囲まれているところ高気圧、低気圧といいます。
1 高気圧 イラスト
天気図には、高気圧は「高」あるいは「H」示されます。高気圧圏内では中心から右回り(北半球)に風が吹き出し、中心部付近では下降気流が生じて空気が乾燥し、一般に天気が良い状態となります。
2 低気圧 イラスト
低気圧は、「低」あるいは「L」 で示されます。低気圧圏内では周囲から左回り(北半球)に風が吹き込み、中心部付近では上昇気流が生じて雲が発生し、雨や雪を降らせます。
(4)前線
性質の異なる二つの気団(空気の大きなかたまり)が接触する境界面を前線面と言います。
前線面が地表面と交わる線が前線です。
1 寒冷前線 イラスト
寒冷前線は、突風や雷を伴い、短時間に強い雨が降ります。寒冷前線が接近してくると南から南東よりの風が、通過後には風向きが急変し、西から北西の風に変わります、気温が下がります。
2 温暖前線 イラスト
温暖前線が近づくと気温、湿度が次第に高くなり、弱い雨がしとしとと絶え間なく降ります。
3 停滞前線 イラスト
寒気団と暖気団の勢力がつりあっているため、ほぼ同じ所にとどまっている前線(梅雨前線など)です。長雨をもたらす。
4 閉塞前線 イラスト
寒冷前線が温暖前線に追いついた前線です。閉塞後低気圧は衰退する。
(5)風
風は、気圧の高い地域から気圧の低い地域に向かって吹きます。両地の気圧の差が大きい(等圧線の間隔が狭い)ほど風は強くなります。
1 風速
風速とは、1秒間に空気が移動する距離を「メートル/秒」で表します。
風速は、速くなったり遅くなったりたえず変化しているため、単に「風速」といえば10分間の平均風速で表します。
もっと強く吹いたときを瞬間風速といいます。
2 風力
気象庁風力階級は0から12までの13段階に分かれています。
- 風力2 風速は1.6から3.3m 顔に風を感じる程度。 小波ができる。波長は短いがはっきりわかる。波頭は滑らかに見えて砕けていない
- 風力3 風速は3.4から5.4m 木の葉や小枝が絶えず動く 軽い旗は開く。大きい小波ができてくる 波頭が砕け始め所々に白い波が現れることがある
- 風力4 風速は5.5から7.9m 砂ぼこりが立ち、紙片舞い上がる。小枝が動く。 小さい中波ができる。白波がかなり多くなる。
小型のボートの場合、風力4以上での航行は避けるべきです。
2 海陸風
夏の海岸地方では、昼間は海より陸の温度が上がるため、海から陸へ海風が吹きます。
夜は、陸の温度が下がり海の方が温かいため、陸から海へ風が吹きます。
したがって、朝と夕方の逆転する前は風が止まります。朝凪、夕凪。
(6)波
波は、風が海面を吹き渡ることによって生まれます。
波の方向は、風と同じで来る方向で表します。
5-2 潮汐・潮流の基礎知識
(1)潮汐
- 潮汐とは、月と太陽の引力作用により、海面が周期的に上下すること。
- 潮汐の干満は1日に2回ずつあり、約6時間毎に海面が上下する。
- 海面が最も高くなった状態を満潮(高潮)、最も低くなった状態を干潮(低潮)という。
- 相次ぐ満潮と干潮の差(潮差)が最も大きくなる時を大潮といい、新月または満月の1~2日後。差が最も小さくなる時を小潮という。(上弦の月または下弦の月の頃)
(2)潮流
潮汐によって生じる海水の流れを潮流と言います。
潮流の流向は、風向と異なり流れていく方向で表します。北流は、北へ流れて行く。(北風は北から吹く風)
第6章 荒天時の操縦
6-1 荒天準備
- ライフジャケットの着用確認
- 重い荷物は、低い位置に固定する。
- ビルジポンプの作動状態、スカッパーが詰まっていれば掃除して水はけの良い状態にする。排水設備のチェック。
- 近くの避難港や入り江、マリーナの位置を確認。
6-2 波への対処
(1)向かい波は危険が少ない
向かい波(船首方向からの波)を受けて航行するのが、転覆などの危険が最も少ない。正しスピードを出していると波を越えるときにジャンプして海面にたたきつけられるので舵がきく範囲で速力を落とす。
正面から波を受けると船首が持ち上げられ着水時の衝撃が強いので、斜め船首30度位の角度で波を受けるようにする。
(2)危険な横波
船にとって最も危険なのが横波を受けることです。
波が大きかったり、巻き波(磯波)の場合は転覆の恐れがあります。
横波を受けて航走しているときに、ボートの横揺れ周期と内の周期が同調すると、横揺れがいっそう激しくなり危険です。このようなときには、船体が波を受ける角度を変えることにより同調を防ぎます。
(3)追い波とブローチング
1 波を船尾から受ける追い波の場合は、波をサーフィン状態で滑り降りてしまうと、舵がきかなくなったり、波に突っ込んでしまったりします。船首が振れやすくなります。
波が大きい場合は、波のスピードに合わせ、波の登り斜面に位置し波について行くようにします。
イラスト
2 ブローチング
追い波で特に危険なのが、船がブローチングを起こすことです。これは、船が波の斜面を下るときに舵がきかなくなって船尾が横滑りし、横波を受ける形になって横倒しになることです。
イラスト
(4)磯波・三角波
- 磯波
波長の長い風浪やうねりが沿岸の浅い所に進むと、波形が変形(波長が短く、波高が高くなる)して頂上が鋭くなり、やがて安定を失って崩れる波で、小型船にとって非常に危険です。 - 三角波 進行方向の異なる複数の波がぶつかり合って出来る波長の短いとがった不規則な波で、小型船にとって非常に危険です。
- 河口付近など流向と波が違った方向からぶつかるところや波同士がぶつかるところは、波高が異常に高くなる三角波が発生する。
- 小型船は、急峻な横波を受けると小さな波高でも転覆の恐れがあります。また、1000回に1回(周期の短い波の場合は約1時間に1回)位の確率で通常の2倍の波高が発生すると言われています。もしも高い波に遭遇してしまったら、波に船首を立てるように舵を取る、磯波や三角波が発生する海域を避けるなど、適時適切な操船で乗り切りきりましょう。
第7章 事故対策
(1)衝突
- エンジン停止
- 人命第一で、負傷者や落水者がいないかを確かめる。
- 船体の損傷程度をや浸水の有無を確かめ、沈没の恐れがある場合は、乗員を損傷の少ない船に移乗させる。
(2)乗揚げ
- エンジン停止
- 船体、プロペラなどの損傷程度、浸水の有無などを調べる。
- 潮時を調べ潮が満ちてくるのを待ちます。
(3)浸水
- 浸水の原因を調べ、タオルを詰めるなど応急処置を施し、できるだけ浸水を止める。
- なるべく浸水部を風下にする。
- 沈没しそうな場合は、直ちに救助を求め、ライフジャケットの着用を確認し退船する。
(3)火災
- ただちに消化器を使い消化に全力を挙げる。
- 消火活動中もエンジンがかかり、操船できるようであれば火元を風下に、風上から消火活動をする。
- 消化が困難な場合は、救助を求め、ライフジャケットの着用を確認し退船する。
(4)機関故障
- 周りの状況を確認し、浅い所(水深が10mほど)でアンカーロープが50mほどの長さがある場合は、アンカーを打って船を止める。
- 深くてアンカーが効かないところでは、抵抗物を流すなどできるだけ流されないようにします。
- 燃料系統、電気系統、冷却水系統などを調べます。
故障の原因が分からないときは、マリーナや自動車の整備士に電話で聞きます。自分で修理できないときは救助を要請します。
(5)落水
①落水者がするべきこと
- 船が通りがかったらライフジャケットに付いている笛を吹くなどで知らせます。
- 無理の泳ごうとせず、体力温存に努めて救助をまつ。
②落水者を発見したら
- 小型船の場合は、ただちに要救助者に近づき救命します。
- ボートフックが届かない距離では、救命浮環を投げ与えます。
昼間は、自己発煙信号(オレンジ色の煙が出る)を救命浮環に結びつけて投げ与えます。
夜間は、自己点火灯(赤い光)を救命浮環に結びつけて投げ与えます。